「おい、陸遜」
廊下を歩いていた陸遜が後を向くとそこには呂蒙がいた。
「なんでしょうか?呂蒙殿」
「殿がお呼びだ。急用ですぐ来てくれとの事のようだが」
事の重要さに、危うく持っていた竹簡を落としそうになる。
「なんでしょうか・・・分かりました。ありがとうございます」
陸遜は呂蒙に軽く会釈をすると、すぐにそこを離れた。
「・・・あいつには、まだ荷が重いような気がするが・・・」
呂蒙は少し顔をしかめながら走り去る陸遜を見届けた。
陸遜が行き着いた先には、孫堅・孫策・孫権が眼の前に立ち並んでいた。
「只今参りました」
腰を下ろし立て膝をつきながら、三人に向かって頭を下げる。
孫堅は嬉しそうに
「おお、陸遜。よくきてくれたな」
「あの・・・急用というのは一体」
ふいに笑っていた孫堅の顔が真剣みを帯びた。
「実は、その事なんだが・・・今度の戦場に尚香を立たそうと思う」
「尚香様を・・・ですか?」
黙って首を縦に振る孫堅。
沈黙が辺りを包む。
すると、孫策が後を続けた。
「危険だってのは、十分に分かっている・・・だが、あいつの気持ちも尊重させてやりたいんだ。・・・ああなったのも俺達のせいでもあるからな」
いつだったか聞いたような気がする
『何故、尚香様は武芸を始めようと思ったのですか?』
『え、なんで?陸遜?』
『いえ・・・只、ふと思ったもので』
満天の星が煌めく夜空を見上げ
少し間を空けてから尚香は口を開いた
『兄様達を見て、育ったからっていうのもあるけど・・・でも・・・私は』
『大事な人達が傷ついて帰ってくるのを、黙って見ていられるほど・・・強くない』
凛とした面持ちで
『だから、もし私の手で少しでも守れるなら、守りたいと思ったの。助けられるなら・・・力に慣れるなら。自分で武を身につけようって』
少し影を落とし
『そんな時が来た時に・・・守れるかな?助けられるかな?力に・・・慣れるかな?』
『・・・きっと大丈夫ですよ。貴女なら』
『ありがとう。でも・・・本当にそうだといいな』
頭をよぎった
「だからな・・・陸遜?」
「!?・・・申し訳ございません。少し考え事をしてしまいました」
「・・・そうか。だが、これから俺の言う事は聞き逃すな」
「はい」
孫策は一息ついて
「はっきりいって、俺達は戦中に尚香を助けられる自信がない。可能性は無いに等しい」
ゆっくりと陸遜に近づき、孫策は立て膝をついて陸遜の肩に手を置いた。
「だから陸遜。お前にあいつを守って欲しい」
瞼を閉じ、ゆっくりと俯く陸遜。
「ですが・・・私には、そんな・・・」
すると孫権が
「荷が重いというのだろう?」
閉じていた目をそっと開ける。
「はい・・・それに私なんかの若輩者が尚香様を守る事なんて・・・できません」
その言葉にカッとする孫策。
「お前じゃなきゃいけねぇんだよ!」
「兄上。少し落ち着いてください」
「・・・すまねぇ」
ぼやきながら立ち上がる孫策。
「陸遜。兄上のいう通りで、お前でなくてはいけないのだ」
「私でなくては・・・?」
「そうだ。尚香が絶対の信頼を持っていて、幼き頃からそばに居たお前にしか頼めない役目なのだ・・・」
拳を握り締める孫権。
「悔しいが、私達には本当の意味ですらも守る事が出来ないでいる。だが、お前ならそれが可能だ」
!!
―何か熱いものがこみ上げてきた―
ゆっくりと顔を上げる陸遜。
「・・・わかりました」
―迷いは無い―
「陸伯言。この命に代えても必ずや、孫呉の姫君、尚香様をお守りいたします」
「・・・ま、断るにも断れねぇよなー?なんつったって俺達直々の指令だからな!」
「別に、断るなんてそんな気持ちはありませんよ」
「だが・・・それほど私達がお前を信用しているという事を忘れないでいてくれ」
「はい。誠に光栄であります・・・」
ふと張り詰めていた四人の顔が笑顔になった。
「じゃじゃ馬を頼んだぞ・・・」
そっと孫堅が呟いた。
陸遜は先程の廊下で、壁に寄り掛かっている呂蒙とすれ違った。
「守る自信はあるか?」
「・・・迷いは捨てましたから」
「そうか」
「それに、守る自信ではありません。守りきるんです」
「成長したな」
「はい」
自分の前を歩いていった弟子と呼べる者の成長を、呂蒙は微笑ましく思った。
もしかしたらオマケを創るかもしれない。自分では結構異色だと思われる作品。
製作日 H17/2.20
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